|
三宅島は江戸時代には他の伊豆諸島の島々とともに、罪人を島流しにする流刑地として使われました。その数は、明治時代初期までに2300人ものぼると言われています。
三宅島の流人としては、絵師の英一蝶(はなぶさいっちょう)や博徒の小金井小次郎、国学者の竹内式部、 宗教家の井上正鐵(いのうえまさかね)、歌舞伎役者の生島新五郎(いくしましんごろう)など歴史上の有名人も少なくありません。
特に江戸時代中期の歌舞伎の人気役者であった生島新五郎と江戸大奥の女中である絵島との密会疑惑を発端とし、大奥の権力争いを背景に江戸中を巻き込んで1000人以上の処分者を出す
大スキャンダルに発展した「絵島・生島事件」は有名で、この事件を題材に「大奥」として2006年に映画化もされました。
|